2011年11月18日金曜日

1月に「たねかばfeat.村上"PONTA"秀一」の限定ライブやります。

1月16日(月曜日)二子玉川のKIWAにてお客様60名様限定でライブを行います。

このライブの「限定」は座席数だけではありません。
「ライブレコーディング」であること。
新曲を披露すること。他にもまだまだ!

今年やってきたことのメモリアルであり、次のアルバムへの出発点にしたいと思います。
ご予約はKIWA http://oasis-kiwa.com/
またはtanedahirokuni@gmail.comでお待ちしております。

2011年11月10日木曜日

音楽の先輩のこと。PONTAさん。

村上"PONTA"秀一。音楽をやっている人間、ちょっと深く聴いている人には説明不要の不世出ドラマーです。一般的には(なんというか徹子の部屋レベルで噛み砕くと)「フォークグループ『赤い鳥』のバンドメンバーとしてプロデビューし、坂本龍一らと結成した伝説の『KYLYN BAND』でインストゥルメンタルでは空前の人気を博す。その後1万枚を超える歌謡曲、ポップス、ロックのレコーディングに参加。ジャズロックトリオ "PONTA BOX" でモントルージャズフェスティバルに出場。山下達郎、矢沢永吉らトップミュージシャンのバンドを始め、現在もドリカムほか一流アーティストのツアーサポートに常に必要とされ続ける日本を代表するドラマーです。」
僕が初めてご一緒したのは伊太地山伝兵衛さんの九州ツアー。大分のブリックブロック。僕の人生では忘れもしない「ピアノソロのときにスティックを放り出してドラムを休む」という事件が発生しまして。そういうことをされたことが過去になかったので、手足がすくむほど驚きました。終わってから意図を尋ねに行ったところ、「ハプニングってのは見せ場なんだから、逆手に取って盛り上げられるかどうかは自分次第」「ちゃんと歌詞を聴いていたとは思えないデリカシーのないソロの入り口だった」と。そして長いアドバイス。「佐藤博という全音符しか弾かないキーボーディストが俺は大好きで・・」「曲によって演奏のアプローチやサウンドカラーをもっと大きく工夫すべき」諸々。
その後、僕が伊藤多喜雄さんのバンドに移ってからも渋谷公会堂や新宿厚生年金、苫小牧アリーナなど「ここぞ」というときのゲストとして参加されたり、大きなイベントでドラムソロやボーカルとのデュオを披露されたり、僕がバンド代表として打ち合わせに伺ったり、僕が佐山さんのプログラマーとしてポンタボックスに呼ばれたり。そんな距離間でお付き合いは続いてきました。もちろん現在まで伝兵衛さんのバンドでも年に数回ご一緒しています。
僕が精神的に不調となった2006年頃、ようやく這い出してライブを観に行ったら「音楽やめたんだって?これからはこっち側と、向こう側ってことで、ひとつよろしくね。」と悲しいほどに優しい言葉をかけられました。簡単にいうと「お前はもう同業者じゃない、お客さんとして親しく接することにする」という宣言です。1時間くらいかかって「音楽家として引き続き頑張ろうと思っている」ことを説明すると、2時間くらい叱咤されました。それでこそポンタさんです。

共演者全てのリズムを「正解」として飲み込む、ふくよかなビート。パルスというよりは波紋のような広い打点。一瞬で音楽を支配する力。ドラマ、ストーリー、色彩、意味、無意味、加速、減速、楽しさ、厳しさ、ハイリスク、ハイリターン、全てを持っている「世界のドラム史に名を刻む人」それが村上"PONTA"秀一です。これからもよろしくお願い申し上げます。

2011年11月1日火曜日

仲間たちのこと。祐司さん。

音楽仲間のことを少しずつ書き綴っていこうと思います。

先輩のギタリスト濱中祐司。実際には「ゆーじさん」と呼んでいます。

生い立ちなどは・・横須賀育ちの危険で黒い生い立ち(笑)は割愛するとして、学生時代をロサンゼルスとボストンで過ごした人。
ジャズやポップスの登竜門として名高いボストンのバークリー音楽大学で学んだあと日本で各所の有名ブルーズ、ロックミュージシャンと共演したあとに伊太地山伝兵衛というフォークシンガーと活動。
それが1990年頃で、僕はあとからバンドメンバーとして加わり、知り合うことになりました。

現在でも共演する機会のある佐山雅弘(ピアノ)村上秀一(ドラム)という剛腕先輩たちとは、この伊太地山伝兵衛商会で共演することで知り合いになりました。
のちに僕は佐山さんの紹介で異種格闘技ニューエイジ民謡バンド・伊藤多喜雄バンドはじめ、各所にキーボードプレーヤーとして参加するためにココを離れ・・、祐司さんは祐司さんで、もっと芸能界よりの活動の幅を広げていったわけです(なんでも出来る人なんですよね!)。

当の伝兵衛さんも活動内容をどんどん変え(弦楽四重奏との録音や、石井康二、佐山雅弘とのトリオを深化させることに執心されたようです)、ぼくらは長い間バラバラになっていました。あれから15年(再会はNHKホールでしたが、その話は別の機会に)。

15年前の祐司さんはストラトタイプの「エレキ」ばかりをデッカい音で弾いていたのに、いまはアコギ(アコースティックギター)中心に凄いダイナミクスでサウンドさせるプレイスタイルに進化しました。
現在はChiyo-Tiaというハワイと日本の二つのルーツをもつ、素晴らしいシンガーのバンドマスターをやっています。

祐司さんは本をたくさん読む人です。博識で物事を深く考える努力を怠らないひとです。自己を意識的に律したり弛緩させたり、楽しんだり苦しんだり、そういう人生の海を泳いでいる人。
落語が好きで、料理もする、大工もする、何でも作る、なんでも体験して実感する、究極の唯物論者であるような気がします。カッコいい男です。尊敬しています。

祐司さんが見ているこの世界は(僕たちも生きているこの世界)僕らが見ている風景とはすこし、いや「だいぶん違う」のかもしれません。知識の大海原、深海に沈む金塊、Monster Stadium of Rock'n Roll、Sleazy Bar、On The Street Corner、Carnegie Hall、Beach House、TV Show、
全てが一体となった音のリアリズム。まさに「主観長屋(立川流)」の体現でしょう・・。
おあとがよろしいようで。

これは今年の夏に九州でデュオ演奏した時の打ち上げの写真。右に写っているのは僕ではない現地の「たねださん」。おふたりのチャーミングな笑顔、いいですね。たねださん口説いちゃだめですよ。笑