2014年1月10日。南国のとあるBarで胡瓜食べながら深夜のこと。角松敏生さんの「Ramp In」 と言う曲の話題になった。これは皆さんにもおなじみの村上"PONTA"秀一が叩いた名曲中の名曲。のちにJAL123便追悼(あの日って角松さんの誕生日なんですよね)として再録音もされた・・遅い16ビートの王道AORバラードです。ボビーコードウェル的なあれ。
この曲の「色」を決定づけているのはポンタさんのベロベロに低いチューニングの「スネアドラム」で、ウラのスナッピー(共鳴)も限界ユルユルに設定されたエンジニア泣かせの、女性泣かせの最高の音がするスネアです。ポンタさんがバラードを演奏するとき「ここぞ」で登場するあの「一発」ですね。(生で聴くと「ズボ」としかいわないんです(笑))
実は・・、伊太地山伝兵衛さんの曲のレコーディングで、角松さんの「Ramp In」みたいなサウンドに仕上げたいと思ったことがあって、オレが編曲し譜面を書き、ドラムを入れる前に仮だけどゴージャスなキーボード、ベース、ギターまでバッチリ録音もすませて「よろしくお願いします」とやったことがあります。本当に楽しみで。楽しみで。
しかし事件はここから・・起こったんですね・・。ラフに音を聞いて譜面をみて笑顔で「OK!いいよ」とレコーディングがスタートしたものの、なかなか進まず数時間。悩んだポンタさんが「ちょっと勝手にやらせてくれる?」と言って、いきなりバーッと頭から最後まで叩いて、「オレ、これでいいや、じゃあね」と帰ってしまったんですよ。
これには青ざめ、慌てた。なぜなら、全然編曲と違うリズム(根本的に合わない)で、キーボードとはおろかベースとも全然!!メチャクチャだった?!から(時間も限られていたし)。まったく理解できなくてもうパニックになってアタマを抱えてしまった。伝兵衛さん本人ときたら苦笑いしながら「あとはなんとかしてねー」と消えてしまったという。スタジオ代は1時間に1万円ずつ消えていくし。ポンタさんを呼び戻すスケジュールもない。
それから一晩。ドラムだけ聞き続け、他のトラックを編集しながら朝がきて。イライラはピークに達し・・。スタジオに濱中祐司が入って来た。そしてバンッ!とイントロのコードを弾いたときデジタルピアノの鍵盤が「割れた」んですよね・・。それがオレの「鍵盤叩き割り事件」。
結局考え抜いて。結局はドラム以外の音を全部消して。鍵盤を強力接着剤で応急手当して、冷静になって、録音し直して。分かったんです。あのドラムが「最高の贈り物」だったということが。角松敏生さんのような、ボビーコードウェルのような16ビートのモダンAORではなく、「ハネたかハネてないかわからない8ビート」で作られた懐かしさいっぱいの、あのひとにしか叩けないもうひとつのGolden Groove。ハルブレイン、ラスカンケル、ミッチミッチェル、リヴォンヘルム。
この難産の末に完成した曲が「窓の景色」(3rd Piriod最後の曲)です。不思議な魔法のかかったバンド演奏でオレはこのテイクがいまでも大好きなんです。オルガンとウーリッアーだけを弾いている。(最初のアレンジではデビッドフォスター風だったのに(笑))
じつは昨日の昼、久しぶりの鹿児島天文館で、
「3rd Piriodのアルバムってうちに在庫あるよ」よってCD屋さんに教えられて!すごく驚いて。(ご存知の通り伝兵衛さんは悲しいことに昨年末に急逝され、CDの在庫は急速に消滅しつつあります)
その深夜に同じ街のBarで偶然「窓の景色」の話になって驚いて。
そのあともう午前2時過ぎて、、店を追い出されて、、その足でにタクシーに乗って。
しばらくしたら、なんとラジオから角松敏生さんの「Ramp In」が流れてきたんです。もう驚かないよね。泣けてしょうがないけど。
1997年フジテレビ 河田町からの最後の放送もこれでしたね
3rd Piriodも1997年発売。そういうことか。と。
・・・おやすみなさい。
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